身体の内部を見る機械を、内視鏡と言います。あるとき僕は大学病院の先生から、「内視鏡を移動させるための専用カートがほしい」と依頼を受けました。
内視鏡は患者さまの口や鼻から体内に入れて検査や治療を行うため、一度使うたびに滅菌して綺麗にしなければいけません。大きな病院には、各診療科で使用した内視鏡を洗って元通りにするための「洗滌室(せんじょうしつ)」と呼ばれる部屋があり、そこで使用した内視鏡を洗っています。
1カ所で洗浄する方式は合理的ですが、診察室の位置によっては、運んでくる人がかなりの距離を移動しなければなりません。医療器具の運搬には、手押し式のカートを使います。離れた病棟からも、安全に内視鏡を運べるカートを探してほしいと頼まれたのでした。
カートなんて、何でもいいのでは? と思われるかもしれませんね。でも精密機械を運ぶときには、細心の注意を払わないといけません。もし、がたんと振動が加わって、内視鏡の先端がカートのどこかと接触して壊れたら、それだけで百万円単位の損失が発生するのです。
デリケートで、ものすごく取り扱いに神経を使う製品。それが内視鏡です。
最初は既存の製品に、運搬に適した仕様のものがないかを探しました。自分たちで調べるだけではなく、メーカー営業社員さんにも協力してもらって、全国で精密機械専用のカートを導入している例がないかを調査したんです。けれど具体的なケースは見つかりませんでした。そこでメーカーさんにアイディアを話して、カートを特注するしかないという結論に至ったのです。
僕たち営業社員と技術担当メンバーは、病院の先生方とメーカー営業社員さんと共に、「内視鏡特注カート」制作に乗り出しました。
実際に本体を制作する前に、病院側から調査を行ってほしいと要請を受けました。
たとえばこんな項目についてです。
・内視鏡を使用する1日当たりの患者総数は、何名になるのか
・運んでいる内視鏡が、洗浄前・洗浄済みであるかを、ぱっと見て判断できるようにしたい
・二段式カートにそれぞれの定位置を定める場合、清潔なものと不潔なもの、どちらを上下に
したら使い勝手がいいか
・カートを動かす役目は、パートさんか看護師、もしくはその他の職員のうち誰にするのか
人数に関しては、関連する各科や病棟の責任者の方々に問い合わせ、内視鏡については、実際に機械を扱う現場の先生や看護師さんたちから聞き取りをしました。
一つひとつの疑問点に対処をしていくと時間がかかります。でもこの過程を省かずに、丁寧に行ったからこそ、皆さんに満足いただける製品が誕生したと思っています。
事前調査の後は、病院担当者、メーカー営業社員さん、そして私たちの関係者が集まり、どのようなカートを作るのかを話し合いました。対話を重ねるなかで、既存のカートにクッション性のある取り外し可能なシートを張り付けて、内視鏡を衝撃から守る方法が適しているのでは? という結論が導かれました。
何故取り外せるシートを採用したのかというと、衛生面を徹底させるためです。感染症予防のために、常にカートは綺麗な状態に保たれなくてはいけません。
そこで内側に置かれた内視鏡をしっかりと包みこむ厚さを持ち、取り外すときには簡単に外せて、洗浄・滅菌処理に耐えられる性能を備えたシートを、私たちは探しました。
厳しい条件でしたが、合致する製品は見つかりました。
材料が揃い、いよいよシートとカートを組み合わせる段階へ入ります。
シートを取り外す作業をする人が簡単に着脱できるように、デザインにも配慮をしながら、シートをどのようにカットするかを考えます。型が決まると、それから寸法に合わせてシートを裁断してパーツを作ってもらいました。
出来上がってきたパーツでカートを覆ってみて、使用感を確かめます。
取り外し作業がスムーズに行えるかの確認は、無事に終わりました。 扱いやすさに関しても問題ありません。
「内視鏡特注カート」が完成したのです。
北陸の医療の中心を担う大学病院での試みは、一緒に開発に関わった先生に高く評価してもらえました。使い勝手が良い素晴らしい商品なので、全国的な事例としてホームページで紹介してはどうだろうかと、メーカーさんに提案してくださったんです。
職種や所属の枠を取り払って集まったメンバーでの、他に例のない「内視鏡特注カート」制作は、成功に終わりました。
完成した内視鏡特注カートは、意図した通り現場の皆さんの業務の負担を減らし、喜んで使用してもらえています。 皆さんからの「こうしてほしい」をとことん追求して、納得いただける商品をみんなで協力して作り上げることができた、達成感を味わえたプロジェクトでした。
お客さまのご要望を受け、丁寧に課題と向き合い、リクエストには徹底的に応える。困難な依頼であっても引き受ける心構えと、メーカーさんとの連携により、高い技術力をお客さまへ提供できる体制を備えている。それが自分たちの強みだと僕は考えています。