第2章 お客様とつながる

『挨拶から始まった』


「こんにちは」病院の廊下にいる僕を見て、先生の方から先に挨拶をしてくださった。

その瞬間を、僕は今でも覚えています。

会社と取引のない病院を開拓し始めたのは、一年前でした。新しい商品のPRを足掛かりに、先生のもとへ定期的に顔を出せる間柄には、比較的早くなれたんです。僕から挨拶をすれば、「ああトミキさんね」と、会話もできるようになりました。 でも自分が声をかけなければ何も起こらない。一方通行の関係が、ずっと続いていました。

たまに顔を見かける営業社員だけれど、病院とは契約もないし、情報は持ってくるなら聞いてあげよう......たぶん先生はそう考えられていたのでしょう。でも僕は、自分が話すだけではなくて、先生からお話を聞かせてもらえるようになりたい、と思っていました。何かあったら僕の顔が思い浮かべてもらえる、そんな関係を、先生との間で築きたかったんです。

「特にお願いする用事もない、業者さんのひとり」と思われているのは承知のうえで、 僕は季節が変わっても、病院の定期訪問を続けていました。先生への挨拶と、邪魔にならないタイミングを見計らっての役立つ情報のお届けは、そのうち習慣に変わりました。その日もいつも通り、先生が診察から戻られるのを待っていました。

廊下の前方に、先生の姿が見えてきます。すると自分が口を開く前に、目で僕の姿を認めた先生が、「あ、こんにちは」と先に言葉を発してくれたんです。これまでとは違う先生の行動パターンを見て、僕は自分が認められたと実感しました。

今まで僕は病院で、背景のような存在でした。でも挨拶を向こうからしてくださった瞬間からは、先生の世界に僕がひとりの人間として登場したんです。

お互いに挨拶を交わすようになって、全くなかった契約は、少しずつ増えています。物品を準備してほしいと頼まれるようにもなり、一緒に会話をする時間は長くなりました。

全ての始まりとなった、あの一瞬を、僕は鮮明に覚えています。

内視鏡特注カートができるまで


身体の内部を見る機械を、内視鏡と言います。あるとき僕は大学病院の先生から、「内視鏡を移動させるための専用カートがほしい」と依頼を受けました。

内視鏡は患者さまの口や鼻から体内に入れて検査や治療を行うため、一度使うたびに滅菌して綺麗にしなければいけません。大きな病院には、各診療科で使用した内視鏡を洗って元通りにするための「洗滌室(せんじょうしつ)」と呼ばれる部屋があり、そこで使用した内視鏡を洗っています。

1カ所で洗浄する方式は合理的ですが、診察室の位置によっては、運んでくる人がかなりの距離を移動しなければなりません。医療器具の運搬には、手押し式のカートを使います。離れた病棟からも、安全に内視鏡を運べるカートを探してほしいと頼まれたのでした。

カートなんて、何でもいいのでは? と思われるかもしれませんね。でも精密機械を運ぶときには、細心の注意を払わないといけません。もし、がたんと振動が加わって、内視鏡の先端がカートのどこかと接触して壊れたら、それだけで百万円単位の損失が発生するのです。

デリケートで、ものすごく取り扱いに神経を使う製品。それが内視鏡です。

最初は既存の製品に、運搬に適した仕様のものがないかを探しました。自分たちで調べるだけではなく、メーカー営業社員さんにも協力してもらって、全国で精密機械専用のカートを導入している例がないかを調査したんです。けれど具体的なケースは見つかりませんでした。そこでメーカーさんにアイディアを話して、カートを特注するしかないという結論に至ったのです。

僕たち営業社員と技術担当メンバーは、病院の先生方とメーカー営業社員さんと共に、「内視鏡特注カート」制作に乗り出しました。

実際に本体を制作する前に、病院側から調査を行ってほしいと要請を受けました。

たとえばこんな項目についてです。

・内視鏡を使用する1日当たりの患者総数は、何名になるのか

・運んでいる内視鏡が、洗浄前・洗浄済みであるかを、ぱっと見て判断できるようにしたい

・二段式カートにそれぞれの定位置を定める場合、清潔なものと不潔なもの、どちらを上下に

したら使い勝手がいいか

・カートを動かす役目は、パートさんか看護師、もしくはその他の職員のうち誰にするのか

人数に関しては、関連する各科や病棟の責任者の方々に問い合わせ、内視鏡については、実際に機械を扱う現場の先生や看護師さんたちから聞き取りをしました。

一つひとつの疑問点に対処をしていくと時間がかかります。でもこの過程を省かずに、丁寧に行ったからこそ、皆さんに満足いただける製品が誕生したと思っています。

事前調査の後は、病院担当者、メーカー営業社員さん、そして私たちの関係者が集まり、どのようなカートを作るのかを話し合いました。対話を重ねるなかで、既存のカートにクッション性のある取り外し可能なシートを張り付けて、内視鏡を衝撃から守る方法が適しているのでは? という結論が導かれました。

何故取り外せるシートを採用したのかというと、衛生面を徹底させるためです。感染症予防のために、常にカートは綺麗な状態に保たれなくてはいけません。

そこで内側に置かれた内視鏡をしっかりと包みこむ厚さを持ち、取り外すときには簡単に外せて、洗浄・滅菌処理に耐えられる性能を備えたシートを、私たちは探しました。

厳しい条件でしたが、合致する製品は見つかりました。

材料が揃い、いよいよシートとカートを組み合わせる段階へ入ります。

シートを取り外す作業をする人が簡単に着脱できるように、デザインにも配慮をしながら、シートをどのようにカットするかを考えます。型が決まると、それから寸法に合わせてシートを裁断してパーツを作ってもらいました。

出来上がってきたパーツでカートを覆ってみて、使用感を確かめます。

取り外し作業がスムーズに行えるかの確認は、無事に終わりました。 扱いやすさに関しても問題ありません。

「内視鏡特注カート」が完成したのです。

北陸の医療の中心を担う大学病院での試みは、一緒に開発に関わった先生に高く評価してもらえました。使い勝手が良い素晴らしい商品なので、全国的な事例としてホームページで紹介してはどうだろうかと、メーカーさんに提案してくださったんです。

職種や所属の枠を取り払って集まったメンバーでの、他に例のない「内視鏡特注カート」制作は、成功に終わりました。

完成した内視鏡特注カートは、意図した通り現場の皆さんの業務の負担を減らし、喜んで使用してもらえています。 皆さんからの「こうしてほしい」をとことん追求して、納得いただける商品をみんなで協力して作り上げることができた、達成感を味わえたプロジェクトでした。

お客さまのご要望を受け、丁寧に課題と向き合い、リクエストには徹底的に応える。困難な依頼であっても引き受ける心構えと、メーカーさんとの連携により、高い技術力をお客さまへ提供できる体制を備えている。それが自分たちの強みだと僕は考えています。

お客さまの目

「機械から変な音がしているから見に来てほしいそうだ」さっきまでいた医院を担当している営業の先輩からの電話を受けて、僕は戸惑っていました。少し前にそのメンテナンスを終えて、会社に戻ったばかりだったからです。

僕は医療機器の修理やアフターフォローを主に行う、保守の仕事をしています。営業部から、念願の技術部門に異動して半年あまり。電話があった日は、開業医さんで使用しているレントゲンで撮ったフィルムを現像する機械の定期点検に出向いていました。

開業医では大学病院とは違い、修理や点検に取れる時間が限られています。たいがいは、患者さまのいない時間帯に作業をします。僕は昼休みの1時間半内で全ての作業を完了させて、午後からの診察には点検済みの機械を稼働できる状態にしておいてほしいと、あらかじめ医院から指示を受けていました。

同じ機種を扱うのは、これで2回目でした。時間制限もあり、内心焦りながら調子を見ていきます。チェック項目を確認しながら、何とか時間内で全ての工程を終了させて、僕は先生に確認のサインをもらいに行きました。

そのときは「ありがとう」と、先生はサインをしてくださったのに。

(無事に終わったのに、 何が悪かったんだろう)

怒りの原因を特定できないまま、医院へ戻りました。

すると先生が、「点検後に変な音がするようになったけど、君は機械を壊しに来たの? それと後片付けがなってない。もう少し綺麗にしてもらえる?」と、おっしゃったんです。

機械を確認すると、確かに異音がしていました。そして床を見ると、午前の診察が終わった後にはなかった、うっすらとした埃や機械油の灰色の汚れがあります。

僕はすぐに、再点検と掃除を始めました。追い打ちをかけるように、先生の声は続きます。

「前任の○○さんのときは、何の異常もなかったのに、どうしてこんな風になるの?」

その場では、「すみませんでした」と先生にお詫びをして、全部元通りにして医院を出ました。

でも僕は、素直にその言葉を受け止められませんでした。

内心は納得していなかったんです。

(まだ保守をするようになって間もないのに、ベテランの先輩と比べられても困る。最低限するべきことはちゃんとしたし、それでいいじゃないか)と心の中で反論していました。

会社に帰って上司に報告すると、自分の想いとは反する言葉が返ってきました。

「お前、それは違うだろう」と、諭されたのです。

技術、経験面で前の担当者と比べて未熟であっても、お客さまからすれば十年のベテランも半年の新人も、トミキの社員である。

トミキの名前のもとで同じ存在として見られているんだと言われて、僕ははっとしました。

自分は仕事に慣れていないことを言い訳に、点検レベルで妥協をしていたのではないか。

お客さまが僕をどう捉えていらっしゃるか、想像していなかった自分の甘えに、気づかされたんです。

2ヵ月後にまた同じ医院から、今度も機械の調子が悪いから来てほしいと連絡が入りました。この間はマイナスの評価を受けたけれど、今回は絶対に同じあやまちを繰り返さない。求められている以上の仕事をしようと、僕は決心していました。

自分の前回のメンテナンスには、やはり不備があったので、やり方を改良したと先生にお伝えして、点検後の機械を見ていただきました。もちろん掃除も徹底的に綺麗にしてからです。そうしたら先生の反応が、前とは違っていたんです。

「この間は全然駄目だったけれど、今日は良くやってくれたね」

ねぎらいの言葉をいただき、クレームを素直に受けとめて良かったと思いました。

お客さまは、いつでも真実をありのままに見てくださっている。

澄んだ目から得られるフィードバックを、おろそかにはしてはいけない、と実感した出来事でした。

クレーム対応は、自分の成長を促すチャンス。

少しずつでもお客さまの期待に応えられる自分になれるように、ご指摘を受けとめて次に生かしていく。クレームを受けた経験が、自分の仕事に対する水準を引き上げるきっかけとなりました。

予告 『総合保守』

    公開までもう少しです!