お客さまの目

「機械から変な音がしているから見に来てほしいそうだ」さっきまでいた医院を担当している営業の先輩からの電話を受けて、僕は戸惑っていました。少し前にそのメンテナンスを終えて、会社に戻ったばかりだったからです。

僕は医療機器の修理やアフターフォローを主に行う、保守の仕事をしています。営業部から、念願の技術部門に異動して半年あまり。電話があった日は、開業医さんで使用しているレントゲンで撮ったフィルムを現像する機械の定期点検に出向いていました。

開業医では大学病院とは違い、修理や点検に取れる時間が限られています。たいがいは、患者さまのいない時間帯に作業をします。僕は昼休みの1時間半内で全ての作業を完了させて、午後からの診察には点検済みの機械を稼働できる状態にしておいてほしいと、あらかじめ医院から指示を受けていました。

同じ機種を扱うのは、これで2回目でした。時間制限もあり、内心焦りながら調子を見ていきます。チェック項目を確認しながら、何とか時間内で全ての工程を終了させて、僕は先生に確認のサインをもらいに行きました。

そのときは「ありがとう」と、先生はサインをしてくださったのに。

(無事に終わったのに、 何が悪かったんだろう)

怒りの原因を特定できないまま、医院へ戻りました。

すると先生が、「点検後に変な音がするようになったけど、君は機械を壊しに来たの? それと後片付けがなってない。もう少し綺麗にしてもらえる?」と、おっしゃったんです。

機械を確認すると、確かに異音がしていました。そして床を見ると、午前の診察が終わった後にはなかった、うっすらとした埃や機械油の灰色の汚れがあります。

僕はすぐに、再点検と掃除を始めました。追い打ちをかけるように、先生の声は続きます。

「前任の○○さんのときは、何の異常もなかったのに、どうしてこんな風になるの?」

その場では、「すみませんでした」と先生にお詫びをして、全部元通りにして医院を出ました。

でも僕は、素直にその言葉を受け止められませんでした。

内心は納得していなかったんです。

(まだ保守をするようになって間もないのに、ベテランの先輩と比べられても困る。最低限するべきことはちゃんとしたし、それでいいじゃないか)と心の中で反論していました。

会社に帰って上司に報告すると、自分の想いとは反する言葉が返ってきました。

「お前、それは違うだろう」と、諭されたのです。

技術、経験面で前の担当者と比べて未熟であっても、お客さまからすれば十年のベテランも半年の新人も、トミキの社員である。

トミキの名前のもとで同じ存在として見られているんだと言われて、僕ははっとしました。

自分は仕事に慣れていないことを言い訳に、点検レベルで妥協をしていたのではないか。

お客さまが僕をどう捉えていらっしゃるか、想像していなかった自分の甘えに、気づかされたんです。

2ヵ月後にまた同じ医院から、今度も機械の調子が悪いから来てほしいと連絡が入りました。この間はマイナスの評価を受けたけれど、今回は絶対に同じあやまちを繰り返さない。求められている以上の仕事をしようと、僕は決心していました。

自分の前回のメンテナンスには、やはり不備があったので、やり方を改良したと先生にお伝えして、点検後の機械を見ていただきました。もちろん掃除も徹底的に綺麗にしてからです。そうしたら先生の反応が、前とは違っていたんです。

「この間は全然駄目だったけれど、今日は良くやってくれたね」

ねぎらいの言葉をいただき、クレームを素直に受けとめて良かったと思いました。

お客さまは、いつでも真実をありのままに見てくださっている。

澄んだ目から得られるフィードバックを、おろそかにはしてはいけない、と実感した出来事でした。

クレーム対応は、自分の成長を促すチャンス。

少しずつでもお客さまの期待に応えられる自分になれるように、ご指摘を受けとめて次に生かしていく。クレームを受けた経験が、自分の仕事に対する水準を引き上げるきっかけとなりました。