第2章 お客様とつながる

総合保守

最初は緊張しながら検査に挑まれた患者さまが、目の前の医療機器を操作する技師さんの落ち着いた物腰に、安心して身体を委ねられていく。

病院内で見られるこのような光景は、患者さまへの心遣いと、使用している機器への病院職員さんの信頼感が、検査を受けている側に伝わり、生まれるのではないでしょうか。

私たちは数年前から、病院に代わり医療機器管理サービス (JUST for ME) を始めました。病院職員さんが、安全に安心して医療行為に専念できる支援を間接的に行っています。

規模にもよりますが、ひとつの病院には数百台から数千台単位の医療機器が導入されています。 購入時期や点検期間の異なるこれらの機器は、1年を通しての点検作業が義務づけられており、その業務は各病院に任されています。機器1台ごとに職員さんが対応する必要もあるため、煩雑なうえに時間を取られる負担の大きい仕事と言えるでしょう。

ほとんどの病院では、職員さんが診療業務と兼任で管理を担当されています。病院の性質上、来院される患者さまへの診察が、どうしても最優先になりがちです。だから機器の修理や点検について心に引っかかりながらも、じっくりと管理に取り組む時間を捻出しにくいとおっしゃる職員さんは、少なくありませんでした。

患者さまの治療や検査に用いる機器を、いつでも万全な状態に保ちたいが、それにはどうすればいいか。

お客さまから寄せられた声をもとに、より安全な医療機器管理体制を築くためにトミキが以下の内容の「総合保守」分野に乗り出したのです。

・病院内の機器はトミキから購入したもの以外も、包括的に修理・点検を行う

(社内の技術部門が、各メーカーの製品のアフターフォローを担当。必要に応じてメーカーさんに修理依頼をすることで、いつも安全に機器を使用できるようにする)

・メーカーさんの機器操作や新製品についての最新情報を、いち早くお知らせする

(職員さんが、いつでも安心して機器を取り扱えるようにする)

・機器類の故障・修理の発生、及び定期点検や購入・廃棄にかかる費用などのデータを数値化

(数字で表すことにより、お客さまが保守にかかる予算を把握でき、病院経営の見通しが立てやすくなる)

煩雑な機器の管理を私たちがお手伝いすることで、病院スタッフさんが患者さまに安心して向き合えるように、物理的・精神的に環境を整えるサポートをさせていただくのが狙いです。

実際に「総合保守」を導入した病院の皆さんから、

「そろそろ定期点検の時期だから、壊れたあの機器を修理しないと……といつも気がかりだった段取りから解放されて、気持ちの負担も軽くなった」

「あと数年後に大型機器の買い替えがあるから費用は大体このくらい、と更新時期や金額的な目安もつくようになり、経営面での計画が立てやすくなった」

などのご報告をいただいています。他にもこんな意見がありました。

「職員の負担が減ったので、総合保守を取り入れて良かったよ」

「医療機器管理の重要性がみんなに浸透した結果、病院全体の意識が高まった」

何より嬉しいのは、「自分たちは安全な医療を行えていると自信が持てるようになった」という言葉が聞けたことでしょうか。 いつも万全な状態で機器を使用していると職員さんが自負した結果生まれる「安全」は、患者さまの気持ちの「安心」にもつながると思っています。

単に医療機器を売るだけではなく、その行く末までを見届ける。

今後もお客さまと一緒に、医療と経営の両面での安全・安心の波及効果を生む、病院に合わせたオーダーメイドの管理の仕方を見つけていきたいと願っています。

人と人をつなぐ

「地方と東京では、仕事のやり方が違う」全国に支店を持つ、メーカー営業社員さんがこう呟くのを、私たちはよく耳にします。

メーカーの支店は、必ずしも北陸にあるとは限りません。そのため、メーカー営業社員さんは、石川・富山・福井の病院と、そこで勤務する先生方についての情報を、収集しにくい環境におかれています。地理的な距離の遠さが原因で、思ったような営業活動が進めにくいとも聞きます。そんな彼らの「困りごと」を、お客さまと近い距離にいる私たちが、解決するお手伝いをしています。

たとえば「商品を紹介するために特定の先生に会いたい、でも何時頃に病院を訪問すればいいかわからない」という悩みを、メーカー営業社員さんが持っているとします。ある病院に勤務する△△先生の行動は、パソコンで検索しても出てこないし、地元にいないと知るすべがありません。 普段接触をしていないとわからない生の情報がほしいと要望が出たときに、私たちの出番がやってきます。

担当している各病院の先生方が、いつ頃出勤して、どのように診察をされているか、トミキの社員は、個人別の行動パターンを大体把握しています。

だから「△△先生なら、12時の外来が終われば会えますよ」と、投げかけられた質問に返答ができるんです。

地域密着の営業スタイルならではの強みを活かして、都市部を拠点とするメーカーさんをサポートする業務を、私たちは行っています。

先生方の勤務時間を伝えたら、あとは当事者だけで話が進んでいくかといえば、そうとは限りません。

病院とトミキの長年の信頼関係を見込んででしょうか「自分たちだけで先生方と接触するのではなくて、トミキさんにも間に入ってもらえたら助かる」と、メーカー営業社員さんから仲介役をお願いされる機会もあるんです。

彼らと病院の先生方の双方が、スムーズに会って話し合えるように段取りをつけるのも、日常業務のひとつです。

私たちは、病院とメーカーさんとの間を取り持つ「調整役」をしています

この「調整役」が、案外難しいのです。

メーカー営業社員さんは、病院に製品を購入してもらうために、日頃から一緒に活動をする、自分たちの仕事仲間です。そして病院関係者もまた、医療の現場で共に協力して患者さまのために働いているパートナーです。

この二者間に入り仲介を行うとなると、ともすれば微妙な立場におかれるのが私たちなのです。

複数のメーカーが同じ病院で同時に営業活動を行うケースでは、選ばれるのは1社のみで、決定権はあくまで病院にあります。各会社の製品を売るための努力を身近で見ているので、なるべくメーカーさんたちの期待には応えたい。けれど私情は挟まず、仲介者としての役割を貫くように心がけています。

病院関係者に求められれば、製品についての客観的な意見を述べますが、それ以上の介入は控えています。親しんでも、慣れ合いにはならないように、バランス感覚を保ちながら行動をしていますね。

ときには病院とメーカーさんの思惑が一致せずに、不穏な空気が流れそうになる案件を扱うこともあります。そんなときには両者の間へ入り、「調整役」として関係者が気持ち良く話し合いに臨めるよう、配慮します。

誰の顔もつぶさず後味が悪くならないように、人と人を取り持つ力を問われるのが、 私たちトミキ社員です。空気を読む力や、その場の状況に合わせて適切に振るまう判断力が、常に仕事を通して鍛えられます。

人と人をつなげる仕事は簡単ではなく、営業社員に任せられる責任も大きい。

楽な案件ばかりではないし、誰かが損な立場となる状況に居合わせることもあります。

心の中で、

(今回は力になれなくて申し訳ない、次回に機会を設けられるように努力します)

とお詫びをする場合もあり、気配りは欠かせません。

では楽そうに見える仕事だけをしたいのかと言えば、そうとは言い切れないのです。

気苦労はあっても、自分たちがつないだご縁から新しい取引が発生し、それが循環して患者さまの利益となった経緯を知ると、仲介をさせてもらって良かったなと思います。

営業社員一人ひとりが病院とメーカーさんを結ぶ「窓口」として責任を持って働く。

自分たちの仕事のスタイルに、やりがいを感じています。

病院にいつもいる人、それがトミキ社員です

台車に段ボールをいくつも乗せて廊下を横切っているかと思えば、看護師さんと話す。

病院内のあらゆる場所に出没する、謎のスーツ姿の人間が、僕たちトミキの社員です。

診療科数の多い、大学病院のような大きな病院を担当していると、診療科ごとの問い合わせや依頼に応える件数が多くなります。すると会社よりも、病院内で過ごす時間が多くなるんです。

朝から担当病院に出向いて、夕方会社へ戻る。ずっと出先に詰めている状態も、めずらしくはありません。

こうなると、会社と病院のどちらに出勤しているのやら、わからない状態です。僕たちはいつも病棟のどこかで、何かしら仕事をしています。

病院内に滞在する時間が、長時間なだけではありません。ひとつの病院を担当する年月も、通算すると長期になります。転勤や異動で新しく赴任された医師や看護師さんと話をしているとき、自分がその病院のことを隅々まで知っていることに驚くことがあります。

長年担当をしているのに加えて、仕事柄製品をお届けするためにあらゆる病棟・診療科を自在に行き来しているうちに、自然と職員皆さんの名前が頭に入ってきます。病院のあちこちに、顔見知りの職員の方がいらっしゃる環境は、働きやすいです。これは院内専用の、いわば見えないフリーパスを持つ身である、僕たちの特権かもしれませんね。

もう声を聞けば誰からの問い合わせなのか見当がつくので困りませんが、名前を名乗らずに、「画面が映らないから確認してもらえる?」と要件を言い始める職員さんもいます。

電話を取ると「どこにいる?」と病棟内に僕たちがいる前提で、スタッフさんが話を始められるのは当たり前です。

医療機器を扱うただの業者という見方は、たぶんされていないでしょう。業者ではありつつも、所属していないけれど病院と限りなく近い場所にいる人である、と見なされている気がします。病院に溶けこんでいる存在とでもいいますか。いつもいる人と思われているのではないでしょうか

同じ空間で雑談をしながら、向こうは備品の整理をされて、自分は商品のチェックをする。手術や検査の対応以外に、日常業務を行う時間も一緒に過ごしているからでしょう。

皆さんからのお願いを受けて、ときには自分も頼みごとをするやりとりを重ねるなかで、お客さまと業者の関係を超えた、つながりを感じるようになるんです。病院の皆さんの温かさに触れるおかげで、僕たちは毎日のように起きる緊張する状況や深刻な事態にも、より気持ちを楽にして対応ができている、と感じます。

先生やスタッフさんたちは、お客さまではありますが、医療にたずさわる現場で一緒に時間を共有している方たちでもあります。和気あいあいと軽口をたたきながら仕事ができる、もうひとつの自分の居場所が病院にもあることに、僕は感謝をしています。

病院・メーカーと共に進めた内視鏡導入

私が会社に入社した20年以上前には、内視鏡は主に消化器に異常がないかを調べるための機器でした。

その後内視鏡の改良や開発が進み、今では脳、耳鼻咽喉、泌尿器など多くの診療科で使われています。そして従来の検査・診断をする目的以外にも、治療・処置を行う機器として、広く活用されています。

当時はこの分野がこれ程大きな市場となるとは、誰も予測してはいませんでしたね。

「内視鏡といえば、冨木医療器」

北陸では、キャッチフレーズのように言われていますが、現在の市場の占有率は、意図して狙ったものではありませんでした。

メーカーさんから「内視鏡をもっと北陸に普及させたい」と話を持ちかけられたのが、トミキがこの製品を扱うようになったきっかけです。

私たちはメーカー営業社員と病院へ赴き、これからの医療にきっと内視鏡が役立つと、説明をしてまわりました。

その後、従来の手術方法とは異なり、腹部を大きく切開しないために、患者さまの身体の負担が少なくてすむ内視鏡を用いた手術方法が確立すると、病院関係者の関心が、一気に高まりました。そして需要が増えていったんです。

しかし、新しい手術方法をよく理解している人間は、当時は誰もいませんでした。あの頃は、みんな手探りで、内視鏡を手術室に導入するところから始めていたんです。

病院の先生方とメーカー担当者、そして私たちは、使用するにあたっての疑問点を話し合い、手術後には反省点を振り返り、成功を喜び合い、一緒にあらゆることを学んでいました。

みんな夢中になって取り組んでいましたね。

当時共に勉強をしていた先生方は、今ではベテランになられて、若手の先生たちに「何かあったらトミキさんへ聞いてね」と伝えてくださっています。

おかげで手術に関しての問い合わせの電話が入ってくる体制ができており、ありがたいことだ、と思っています。

毎朝9時になると、机の電話が鳴り響きます。

「○曜日に手術の予定があるので、よろしく」各病院の先生たちとの内視鏡手術の打ち合わせから、私の1日が始まります。

日々進歩する医療の現場と向き合いながら、蓄積してきた過去の豊富なデータと新しい知識をもとに、これからもお客さまへ最適な提案をしていく。

私たちの挑戦は、まだまだ続きます。

目指すは、北陸地区内視鏡シェア100パーセント。

人間関係を築く

営業の仕事は、「お客さまと仲良くなれるかどうか」。信頼関係が要だと思っています。

これまでの仕事を振り返ると、人より抜きんでた知識があったおかげで機器を買ってもらえた、そんな経験は一度もない気がするんです。

では何故病院の先生やスタッフさんは、僕から製品を購入してくださったのか。

僕の実務能力とは、おそらく関係ないでしょう。

たぶん、低姿勢で謙虚な気持ちで話を聞く態度や、突発的な出来事にもスピーディーに対応する姿勢を、かってくださっているのではないでしょうか。

日頃の行動を見て「良くやっているね」と、ご祝儀をくださるような感覚で契約をくださるのではないかと想像しています。

病院には、複数の業者が参入しており、なかには僕よりも経験を積んだ、営業スキルが高い他社の社員も存在します。まだ若い自分にとって、業務知識ではかなわないかもしれません。

でもお客さまの心に入りこむには、テクニックよりも大切なものがある。

それは何かというと、言葉に表すのは難しいのですが、相手と誠実に向き合う気持ちではないかと僕は信じています。

実直に自分のできる業務を、失敗しながらでも淡々と続けていくと、徐々に心を許してもらえます。そのうちに先生やスタッフの皆さんと、雑談のひとつも言えるようになり、やがて「どうやら信頼できる奴だ」と見なされると、依頼や相談が持ち込まれます。その内容によっては、質問をされても自分だけでは即答できない場合もあります。

でも信頼関係の土台があれば、「調べておきます」と返答をしても「そうか!調べておいてくれるか!」と、任せてもらえるんです。

先生方に信頼されると、もっと専門的な話ができる自分になろうと、勉強への意欲がより湧いてきますね。

お客さまは営業社員の経験年数や知識量よりも、「誰に頼むか」や人柄を重視されていると感じます。医療機器の分野は別として、医学の知識は圧倒的に先生や看護師さんたちの方が、豊富に持たれています。

僕たちの評価されるポイントは、どれだけモノを知っているかよりも、どんな人間であるかが大きな比重を占めるのではないでしょうか。

「この仕事は、人気商売」上司の言葉が、胸に沁みるようになりました。

仲良くしてもらえないと、いくら情報を仕入れてスキルを高めても、それを披露する機会は、永遠にやってこない。

僕たちは依頼されるから、提案することができるんです。

相手に受け入れられて、用事を頼まれる存在になる。

先生方が困ったときには、最初に声をかけてもらえる自分でいる。

その状態が、全ての始まりではないでしょうか。

自分は「愛される存在」になることを目指して、日々の営業活動を行っています。


もし患者さまが両親だったら

「病院から着信が入ってないか」 つい携帯を何度も確認してしまう自分。

今日は休みですが、僕は患者さまの万が一に備えて連絡待ちをしています。

僕は、脳卒中などの血管内治療を専門に扱う診療科を担当しています。それぞれの病院には、さまざまな状況に対応できるよう、専用の医療機器が揃えてあります。でも、全ての機器を自前で持っているわけではありません。僕たちは病院から依頼を受けて、患者さまの症状に適したものを準備して持参する仕事もしています。

血管に関わる病気の特徴は、「一刻を争う」でしょうか。処置が遅れると、ときには手遅れになる危険性もある。そのため僕たちは、休日も病院からの急な連絡に備えて、すぐに動けるように「緊急待機」をしています。

あるかどうかわからない電話を待つ「緊急待機」。これが辛いんです。

後遺症や死にいたる可能性のある病気の治療に自分も関わっているからこそ、今日はどうだろう、しっかり対応できるだろうかと、不安がつのります。

病院側の要請に応じて出動して、緊迫する治療現場と自分の責任の重さに、「逃げ出したい」と思ったことは何度もあります。でも緊急対応は、誰かが必ずしなくてはならないし、避けられない。だから、こう考えるようにしたんです。

「患者さまを、自分の両親だと思って行動しよう」

もし自分の両親が急に倒れたら、僕はすぐに駆けつけて、一緒に手術室で付き添いたい。治療を見守り、助かるようにと祈りながら、望んでその場にいるでしょう。

大切な人が同じ空間にいたとしたら、と想像してみたんです。

患者さまを親に見立てると、呼び出しに感じる重圧が、少しだけ軽くなりました。

命を扱う仕事にたずさわるプレッシャーは、今でもあります。

けれど、一人ひとりの命そのものに意識を向けると、怖さ以外の感情が、心に芽生えたように思えます。

「緊急待機」は、やっぱり怖い。

それでも以前とは仕事に取り組む自分の気持ちが、変わったと感じています。


素早い対応は、相手への心遣い


「今から病院へ来てもらえませんか」 看護師さんや先生から電話がかかってくること

があります。

——緊急手術が発生したんだな——

状況を確認したら、ひとまず他の仕事は後回しにして、まずは現場へと向かいます。

医師や看護師のような専門職でも、予期せぬ事態に不安になる心理は、人間みんな同じだと思うんです。だから私はなるべく早く、その場へ到着するように心がけています。

必要な手術道具一式を持って手術室に入ると、張りつめた空気がゆるみます。顔を出すと、雰囲気が違ってくるんです。患者さまを救うための道具を持った私の登場に、「助っ人が現れた」と皆さん感じてくださっているのではないでしょうか。

でも、緊急対応がいつもハッピーエンドで終わるとは限りません。急いで病院へ駆けつけても、残念な結果となる場合もある。

重苦しい気持ちを先生や病院スタッフさんと共有して、見守るだけで終了となるケースも出てきます。

お役に立てなかった日は、申し訳ない、ただそれだけです。 自分の力不足を痛感しますね。

けれど私の想いとは裏腹に、先生方は、こんな反応を返してくださるときがあるんです。

「お前が謝らなくていい」

「来てくれて、ありがとう」

私にかけられるねぎらいの言葉を聞くと、どうやらなすべき仕事は果たせたのかな、と思います。

自分の心遣いは、ちゃんとお客さまに受け取ってもらえたと実感できるんです。

私たちが「すぐに駆けつける」理由は、手術という時間の限られた状況のなかで起きたトラブルを、少しでも早く解決させるためだけではありません。

緊急事態に動揺しているお客さまの心が鎮まるように、いち早く安心をお届けするためでもあるのです。

スピードへのこだわりは、お客さまに寄り添う気持ちの表れ。

安全運転には気をつけながら、今日も私は病院へと、急いで車を走らせています。

楽しいことを見つけよう

働くということは、とても辛くて苦しいものに違いない。これが学生時代の仕事に対するイメージでした。

だから新入社員研修を終えて配属先に出社するとき、僕は緊張していました。

先輩方と初めての顔合わせが控えていたからだけではありません。自分の想像に、おびえていたんです。

自分たちがこれから行っていく業務は、医療用の機器や消耗品を病院に販売する、いわば間接的に命にたずさわる仕事です。

医療に関する知識については、同期と一緒に勉強したけれど、学びと実践は違います。

実際に病院を担当したら、何が起きるかわからない。

新人の自分が一人前の営業社員として働けるのだろうか、と不安に思っていました。

もしかすると上司は僕の戸惑いをわかってくれていたのかもしれません。

最初に指示された課題は、

「(勤務時間中に)何でもいいから、楽しいことを見つけるように」

というものだったんです。

「今日のお昼は美味しかった」「配達した商品の納品が早く終わった」「新しい医院を訪問した」「自分に、先生が笑顔で挨拶をしてくださった」など、内容は何でもありです。

 ——営業目標を達成するためには、どうすればいいのかを考えるのではなくて、自分がまず楽しいと感じることを見つければいいのか——

肩に入っていた余分な力が、ふっと抜けたように思えました。

担当する病院をまわりながら「楽しい」に、意識を向ける毎日が始まりました。

1つずつ 「楽しい」を数えていると、嫌な出来事やトラブルが起きても、頭がそれでいっぱいにはならない。僕はこの事実を見つけました。

そして日数が経つにつれて、仕事で「楽しい」と感じる回数が増えていったんです。

気がつくと、就職前に持っていたネガティブな仕事観は、心の中から消え去っていました。

僕は現在、すごく仕事を楽しんでいます。

病院の皆さんには、すっかり顔と名前を覚えてもらえて、先生からは「こんなものがほしい」と、僕へ真っ先に依頼が来るようにもなりました。

自分は担当病院の方々に、頼りにされる存在になってきたと感じています。

入社間もない自分に、「楽しい」にフォーカスする仕事の姿勢を教えてくれた上司。

 会社にこんな上司がいて一緒に働けることを、僕は感謝しています。

***

「楽しい」だけの仕事は、実際はないのかもしれません。

営業職には、プレッシャーがつきものです。同業他社とは決められた医療機器購入予算をめぐり、病院内でいつも陣取りをしているような状況です。自社シェアを増やし、目標達成に向けて数字を追うことだけを目的としていたら、厳しい面しか目に入らないかもしれない。それでも自分の心の持ちようで、仕事は楽しくできると僕は考えています。

目の前の与えられている課題や現状から逃げずに向き合い、日々の営業活動を通して得られる、周りの人たちとの触れ合いを大事にする。その姿勢が、楽しさにつながるのではないか、と思うんです。

 狙っていた大型機器の契約がとれた、自分の担当病院へ他社の攻勢を未然に防げた、といった派手な出来事があった日には嬉しいし、大きな達成感を得られます。

 でも特別ではない、トラブルや予定外の状況に見舞われる普通の日にも、やりがいや充実感を覚える日は隠れています。仕事を継続していると、それが見えてくるんです。

パソコンの壁紙について触れたことから、先生と共通の趣味の話で会話が盛り上がり、お互いの心の距離が縮まった診療時間の合間のひととき。

準備を任されていたセミナーが終わり「ありがとう」と声をかけられ、喜んでもらえて良かったと、仕事が無事に終わった解放感に包まれる午後。

 お客さまとのコミュニケーションを重ねるなかで、「良かったな」「何だかすごく楽しい1日だった」と感じるきっかけとなる出来事が、繰り返しやってくるようになるんです。

 「楽しい」仕事がしたかったら、まず自分からそれを探して、お客さまや周りへと循環させる。自分が動いて楽しさを発生させるつもりで、僕は毎日、仕事をしています。


予告 『グラフや花が無い会社』

    公開までもう少しです!

『挨拶から始まった』


「こんにちは」病院の廊下にいる僕を見て、先生の方から先に挨拶をしてくださった。

その瞬間を、僕は今でも覚えています。

会社と取引のない病院を開拓し始めたのは、一年前でした。新しい商品のPRを足掛かりに、先生のもとへ定期的に顔を出せる間柄には、比較的早くなれたんです。僕から挨拶をすれば、「ああトミキさんね」と、会話もできるようになりました。 でも自分が声をかけなければ何も起こらない。一方通行の関係が、ずっと続いていました。

たまに顔を見かける営業社員だけれど、病院とは契約もないし、情報は持ってくるなら聞いてあげよう......たぶん先生はそう考えられていたのでしょう。でも僕は、自分が話すだけではなくて、先生からお話を聞かせてもらえるようになりたい、と思っていました。何かあったら僕の顔が思い浮かべてもらえる、そんな関係を、先生との間で築きたかったんです。

「特にお願いする用事もない、業者さんのひとり」と思われているのは承知のうえで、 僕は季節が変わっても、病院の定期訪問を続けていました。先生への挨拶と、邪魔にならないタイミングを見計らっての役立つ情報のお届けは、そのうち習慣に変わりました。その日もいつも通り、先生が診察から戻られるのを待っていました。

廊下の前方に、先生の姿が見えてきます。すると自分が口を開く前に、目で僕の姿を認めた先生が、「あ、こんにちは」と先に言葉を発してくれたんです。これまでとは違う先生の行動パターンを見て、僕は自分が認められたと実感しました。

今まで僕は病院で、背景のような存在でした。でも挨拶を向こうからしてくださった瞬間からは、先生の世界に僕がひとりの人間として登場したんです。

お互いに挨拶を交わすようになって、全くなかった契約は、少しずつ増えています。物品を準備してほしいと頼まれるようにもなり、一緒に会話をする時間は長くなりました。

全ての始まりとなった、あの一瞬を、僕は鮮明に覚えています。

内視鏡特注カートができるまで


身体の内部を見る機械を、内視鏡と言います。あるとき僕は大学病院の先生から、「内視鏡を移動させるための専用カートがほしい」と依頼を受けました。

内視鏡は患者さまの口や鼻から体内に入れて検査や治療を行うため、一度使うたびに滅菌して綺麗にしなければいけません。大きな病院には、各診療科で使用した内視鏡を洗って元通りにするための「洗滌室(せんじょうしつ)」と呼ばれる部屋があり、そこで使用した内視鏡を洗っています。

1カ所で洗浄する方式は合理的ですが、診察室の位置によっては、運んでくる人がかなりの距離を移動しなければなりません。医療器具の運搬には、手押し式のカートを使います。離れた病棟からも、安全に内視鏡を運べるカートを探してほしいと頼まれたのでした。

カートなんて、何でもいいのでは? と思われるかもしれませんね。でも精密機械を運ぶときには、細心の注意を払わないといけません。もし、がたんと振動が加わって、内視鏡の先端がカートのどこかと接触して壊れたら、それだけで百万円単位の損失が発生するのです。

デリケートで、ものすごく取り扱いに神経を使う製品。それが内視鏡です。

最初は既存の製品に、運搬に適した仕様のものがないかを探しました。自分たちで調べるだけではなく、メーカー営業社員さんにも協力してもらって、全国で精密機械専用のカートを導入している例がないかを調査したんです。けれど具体的なケースは見つかりませんでした。そこでメーカーさんにアイディアを話して、カートを特注するしかないという結論に至ったのです。

僕たち営業社員と技術担当メンバーは、病院の先生方とメーカー営業社員さんと共に、「内視鏡特注カート」制作に乗り出しました。

実際に本体を制作する前に、病院側から調査を行ってほしいと要請を受けました。

たとえばこんな項目についてです。

・内視鏡を使用する1日当たりの患者総数は、何名になるのか

・運んでいる内視鏡が、洗浄前・洗浄済みであるかを、ぱっと見て判断できるようにしたい

・二段式カートにそれぞれの定位置を定める場合、清潔なものと不潔なもの、どちらを上下に

したら使い勝手がいいか

・カートを動かす役目は、パートさんか看護師、もしくはその他の職員のうち誰にするのか

人数に関しては、関連する各科や病棟の責任者の方々に問い合わせ、内視鏡については、実際に機械を扱う現場の先生や看護師さんたちから聞き取りをしました。

一つひとつの疑問点に対処をしていくと時間がかかります。でもこの過程を省かずに、丁寧に行ったからこそ、皆さんに満足いただける製品が誕生したと思っています。

事前調査の後は、病院担当者、メーカー営業社員さん、そして私たちの関係者が集まり、どのようなカートを作るのかを話し合いました。対話を重ねるなかで、既存のカートにクッション性のある取り外し可能なシートを張り付けて、内視鏡を衝撃から守る方法が適しているのでは? という結論が導かれました。

何故取り外せるシートを採用したのかというと、衛生面を徹底させるためです。感染症予防のために、常にカートは綺麗な状態に保たれなくてはいけません。

そこで内側に置かれた内視鏡をしっかりと包みこむ厚さを持ち、取り外すときには簡単に外せて、洗浄・滅菌処理に耐えられる性能を備えたシートを、私たちは探しました。

厳しい条件でしたが、合致する製品は見つかりました。

材料が揃い、いよいよシートとカートを組み合わせる段階へ入ります。

シートを取り外す作業をする人が簡単に着脱できるように、デザインにも配慮をしながら、シートをどのようにカットするかを考えます。型が決まると、それから寸法に合わせてシートを裁断してパーツを作ってもらいました。

出来上がってきたパーツでカートを覆ってみて、使用感を確かめます。

取り外し作業がスムーズに行えるかの確認は、無事に終わりました。 扱いやすさに関しても問題ありません。

「内視鏡特注カート」が完成したのです。

北陸の医療の中心を担う大学病院での試みは、一緒に開発に関わった先生に高く評価してもらえました。使い勝手が良い素晴らしい商品なので、全国的な事例としてホームページで紹介してはどうだろうかと、メーカーさんに提案してくださったんです。

職種や所属の枠を取り払って集まったメンバーでの、他に例のない「内視鏡特注カート」制作は、成功に終わりました。

完成した内視鏡特注カートは、意図した通り現場の皆さんの業務の負担を減らし、喜んで使用してもらえています。 皆さんからの「こうしてほしい」をとことん追求して、納得いただける商品をみんなで協力して作り上げることができた、達成感を味わえたプロジェクトでした。

お客さまのご要望を受け、丁寧に課題と向き合い、リクエストには徹底的に応える。困難な依頼であっても引き受ける心構えと、メーカーさんとの連携により、高い技術力をお客さまへ提供できる体制を備えている。それが自分たちの強みだと僕は考えています。